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【真偽検証】の記事一覧 (11~20)

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真偽検証

他力の信心を通して知らされた世界

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【考察】なぜ無碍光如来の名を称することが「大行」なのか(4)

実は「行文類」の冒頭に、はや私の問いの答えが示されています。Q. なぜ無碍光如来の名を称することが「大行」なのか?A. 「往相の回向」だから。念仏は私が称えておりながら私の行ではなく、阿弥陀仏の願いが届いたすがたです。名号が自ずからはたらい…

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2018-07-07 07:38
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コメント返信(【考察】なぜ無碍光如来の名を称することが「大行」なのか(3))

今回は頂いたコメントに返信します。林遊@なんまんだぶ様やはり親鸞聖人は、言わば法然聖人の教えの正当なる継承者なのですね。法然聖人と親鸞聖人の教学が大きく隔たってしまった理由の一つとして、梯和上が「覚如、蓮如の信因称報説をとおして親鸞教学を理…

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2018-07-05 06:20
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【考察】なぜ無碍光如来の名を称することが「大行」なのか(4)

浄土真宗で「行」とは本願のはたらきです。第17願から、諸仏によって南無阿弥陀仏の名号が説かれ、それを私達が聞いて信受し、与えられるままに称える。念仏は私が称えてはいますが私の行とは言いません。それは「名号を聞かせる」という本願のはたらきによ…

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2018-07-03 08:02
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【考察】なぜ無碍光如来の名を称することが「大行」なのか(2)

「行」と言えば、普通は我々の為す行い、行業のことです。それでいくと、浄土真宗で「行」とは南無阿弥陀仏とお念仏することだと思いがちです。あるいは本願のはたらきを「行」と説かれる方もいます。これは確かにその通りなんだけれども、本願名号のはたらき…

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2018-07-02 06:49
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【考察】なぜ無碍光如来の名を称することが「大行」なのか(1)

これから何回かに分けて「行文類」の「大行」について考察してみたいと思います。というのも、称名報恩といっても念仏は信後報謝としての意味ばかりではないだろう、それでは俺の腹はふくれない、という考えからです。確かに本願に対して疑蓋無雑の「信心」が…

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2018-06-29 06:44
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序盤の方で『二河白道の譬え』の存在を示していながら話さない高森顕徹会長

『飛雲』二河白道の譬えを回避した話で、更に恥の上塗りをして収拾のつかない無知ぶりを発揮する高森顕徹会長にある通りで、日曜日の講義でまたしても高森会長は『二河白道の譬え』を話しませんでした。これが最初から譬えには一切触れずに、「聞く一つで、大…

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2018-06-26 06:38
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『僕は死ぬまで君を離さないぞ いいだろ』は阿弥陀さまのセリフだった

幸せだなァ 僕は君といる時が一番幸せなんだ僕は死ぬまで君を離さないぞ いいだろ(『君といつまでも(加山雄三)』より)よくラジオで若大将のこの曲がリクエストされます。この前もこの曲が流れていて、それを聞いてふと幸せだなァ 僕はお念仏称えている…

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2018-06-24 07:07
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親鸞会批判者は楽を勧めていると、「選択易行の至極」、「易行の水道、楽しきこと」である念仏一行を教えられた親鸞聖人を誹謗している親鸞会

チュウビさんのコメントを読んで、そういえば近藤智史元講師も似たようなことを親鸞会から言われていたことを思い出しました。あいつは楽を勧めているかつて近藤元講師はこう非難されたそうです。これは何も彼に限らず、私のような親鸞会批判者に対して漏れな…

248 visitors [全期間]
2018-06-21 06:42
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【ツッコミ】「破闇満願」の「闇」とは何か(親鸞会発行『顕正新聞』平成30年6月15日号論説)

 阿弥陀仏の本願は、”全人類の「闇」を破り、必ず絶対の幸福に救い摂る”「破闇満願」の誓いである。親鸞会発行『顕正新聞』平成30年6月15日号論説は、このような書き出しで始まっています。「破闇満願」という言葉を使ってきましたが、相変わらず「絶…

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2018-06-18 06:01
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実際は「まことのみむね」を頂かせる気も無く、「六字のみ名をとなえ」よとも、「浄土(みくに)の旅をともに」しようとも教えていない高森顕徹会長

この記事で紹介しましたが、高森会長はこの前、「絶対の幸福」とやらを宗歌に「永久の闇よりすくわれし…」と歌われている通り、「永久の闇から救われた」というものだと教えていました。この中の「闇」というのは我々の迷いの根本である「無明」のことですが…

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2018-06-15 07:12
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